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vol.01 クリーニングの天使

ある日、いつも利用していたクリーニング店が
区画整理のため閉店してしまった。
クリーニング店は街中にあれど「う~ん、次はどこにしようかな…」と
考えあぐねていた。どこでもいいけど、どこでもいいわけじゃない。
クリーニング店ってそんな存在ではないだろうか。

駅周辺の賑わった、とあるクリーニング店を覗いてみた。
お客さんの出入りも頻繁にあり、キャンペーン中で値段も安かった。そこに預けることにした。

そしてクリーニングが仕上がり、帰宅して袋を開けてみると…
レモン色のカシミアカーディガンの前身頃についていた
小さな汚れがそのままだった。爪でつまめば取れる汚れなのに。
「全然、見ていないんだな…」と、悲しい気持ちになった。

次の冬シーズンが終わり、またクリーニングを出す時期になった。

「う~ん、次はどこにしようかな…」と、またもや考えあぐねながらも
私の選択肢には、チャレンジでもあった“あの店”しか浮かばなかった。
それは、住まいの最寄駅である京王線西調布駅近くに
40年以上も店構えをしている古くて小さなクリーニング店。

その店の前を通るとき、チラッ、と目線を送ると
絵に描いたような「頑固職人のおじぃちゃん」が、
いつも一人で黙々とクリーニングをしている。
お店の窓ガラスには「職人の手仕事です」と
店主が習字で書いた紙がバーンと貼られている。
それを見るだけで、持って行くこちら側も
何となく敷居が高くなるのが不思議だ。
値段も出ていない。高いのだろうか…。
周囲に聞いても「ねー、あそこどうなんだろうね!?
気にはなっているんだけど」と、皆同じ答えが返ってくる。

そこにクリーニングを託した。
気になっていた料金はチェーン店のような割引価格はないけれど、
セーター1枚400円。という価格帯だった。

そして、クリーニングが仕上がった。

家でビニールを開けてまず「んんっ!?」と驚いた。
薬品臭がまったくしない。
洋服に顔をうずめてクンクンしても、独特のあの臭いがしない。
感動だ!そして、洋服一枚一枚が新品同様、
いや、新品よりもふっくら上等に洗いあがっているのです。

「新品よりも新品」という言葉がぴったり。
繊維の一本一本が蘇っているというか!
洋服も本来の美しさを取り戻し、誇り高く嬉しそうにしている。
毛玉も見事に全部きれいに取ってあり、ふっくらツルツル。
あふれる感動を持って、まだ残っていた第二弾を抱えて
“おじちゃん”ところへ行った。

感動のひとつひとつを告げると、
頑固職人の顔からこぼれるような笑顔。
「うん。みんなにそう言われる~」
「そりゃそうだよ。だって、おじさん。お洋服にどう洗ってもらいたいか一枚一枚お話ししながら洗っているだもん」
「きれいにしないと、この手が嫌がるんだよ」と。

感動爆発!!!

さらに気付いたことが。おじちゃんのところでクリーニングしてもらったセーターを次のシーズンから着始めたときのこと。いつものように1日着たらハンガーにかけたり、畳んでタンスにしまって休ませておく。そして、また着ようと思ったとき「あら?アイロンかけたみたいにセーターがきれいになってる!」と。そう、それはまるで形状記憶のように何度着ても、休ませておくとまた美しく復活しているのです。セーターが一番きれいな自分、いいコンディションの自分を覚えていて、ちゃんとそこに元に戻るというような感じなのです。

感動再爆発!!!

それをまたおじちゃんに伝えると「うん。みんなにそう言われる~」と。やはり、思い込みや見間違えはないのです。

子供の頃から近くに住んでいるのに、
今までスルーしていたことを大いに悔やんだ。
神楽坂や有楽町、その他の地域へ引っ越したお客さん達から
「やっぱり、おじさんじゃないとダメだ」と、
ダンボールで送られてくるという。

そうでしょう、そうでしょう。
このおじちゃんの仕上がりを経験してしまうと、
確かにそうなります!
そこから気がつくと、私とおじちゃんは様々な話をするようになり、
すっかり仲良しになった。

80歳半ばになられるが、お元気そのもの。
ksawasakiのバイクに乗り、陶芸もしており、
奥多摩の山にご自分の釜も持っておられる。
クラシックを流しながらクリーニングしていたので
「クラシック聴かれるんですね」と言ったら
「このピアニスト(外国人)が友達なんだよ~。
CDもらったから聴いてる~」と。

元々は文学青年で同人誌で詩を書いておられた。
見せて頂いたが、文字が「作家の文字」そのものだった。
小説もずっと書いており、毎日仕事が終わると
必ず机に向かっているという。

九州にいる94歳のお姉さんは、
パチンコ会社の経理を今でも勤められており
社長から「辞めないで、ずっとうちに来てくれ」と請われ、
毎日車で送り迎えをされて出勤しているという。

素晴らしいDNAが脈々と流れていることを感じる。

お店のボイラー洗濯機に、小さな女の子写真が貼ってあった。
「お孫さんですか?」と聞いたら、お客さんの娘さんだという。
「お母さんが一人で育てているんだけど、保育園に預けられなくて困っていたから、じゃあ仕事している間、うちで預かるよ?って預かっていた子なんだよ。もう大きくなったけどね」と。

今、町にこんなクリーニング屋さんがいるだろうか?

そんな凄腕職人のおじさんだが、大量に持って行くと
受け取りの時にまだ仕上がっていないのがある。
「ごめんねえ~。すぐやるから!」と、
おじさんは恐縮しながら言うのだが
お元気と言っても高齢の方が一人で何から何までやっているのだ。
そんな場面も当然あろう。
「いい、いい。全然いい。だって、もうしまうだけだから、
全然急がないです~」と
怒る気持ちも当然、全く湧かなかった自分に\ハッ/とした。

そうだよなぁ。
しまうだけなんだから、何枚か後になっても全然いいよねぇ。
と、サービス先進国に暮らし、隙のないサービスを受けることに慣れている自分が、逆にユルさの余白に気付かせてもらった思いがした。

94歳のお姉さんのお話を聞いたとき
「おじさんもね、まだまだ大丈夫な気がするんだ!」
と言われて、私もヘドバン並みにぶんぶん頷いた。

どうか、どうか、まだまだお元気で
お洋服を蘇らせてください!

西調布駅界隈には「お肉の天使」もいるのです。
それはまたこの後のお楽しみに…

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